BIOGRAPHY

近藤等則 Toshinori Kondo
ヨーロッパやアメリカでも高い評価を確立し、世界を舞台にグローバルな活動を続けるエレクトリック・トランペッター。
国内外の個性的なミュージシャン達との競演を重ね、参加したライブやレコーディングは膨大。
※主な共演者:ビル・ラズウェル、ジョン・ゾーン、デレク・ベイリー、ジム・オルーク、ハービー・ハンコック、ペーター・ブロッツマン、DJ KRUSH、布袋寅泰、エレファントカシマシ、栄芝、etc

1948年、愛媛県今治市生まれ。中学校でブラスバンド部に入部、トランペットと出会う。京大に入学後、モダンジャズグループに所属し音楽に没頭。
1972年に大学を卒業後、上京。
1978年にNYに渡る。それを機に欧米の多数のミュージシャンと出会い、共演を重ねる。
1983年には、世界中で120回のライブセッションをこなしていた。
1984年、近藤等則IMA (International Music Activities)バンドを日本で結成。
ロック・ジャズ・ファンク・ヒップホップ等の20世紀の音楽要素を融合した革新的でオリジナルなサウンドが大きな話題になる。
日本国内では資生堂やJTB、アサヒビール等のCMに起用され、近藤等則本人も出演。
また、ヨーロッパやアジア圏にも数度にわたりライブツアーを敢行。
雑誌へのエッセイ連載などでも活躍し、「悲しい恋の物語」(1986年 音楽の友社刊)、「ラッパ一本玉手箱」(1990年 朝日新聞社刊)等の書籍を刊行。
1993年、IMAバンドを解散し、アムステルダムへ活動拠点を移す。
「地球を吹く」をイスラエル・ネゲブ砂漠にてスタート。NHK「世界わが心の旅 エルサレム・混沌の音」として放送される。
1994年には、「地球を吹く」第二弾として、NHK「地球を吹く ペルー・アンデス 天空を駆ける音」が放送される。
フジテレビ系ドラマ「29歳のクリスマス」にも出演。
1995年には、阪神大震災支援ライブを神戸朝日ホールにて開催。
1996年にリリースされたDJ Krushとの共作アルバム「記憶 KI-OKU」は、日本のみならず世界のクラブシーンで反響を呼んだ。
1998年には、「地球を吹く in 三原山」と題して伊豆大島・三原山外輪山山頂にてライブ演奏。
2000年には、NHK「極北の夏を駆け抜けて 〜大自然のパノラマ・アラスカ鉄道〜」収録のためアラスカへ行き、マッキンレー山麓やデナリ国立公園で演奏を行う。
同年、ダライ・ラマ14世の提唱による音楽の祭典「世界聖なる音楽祭」日本開催の総合プロデュースに携わり、6月に広島・宮島の厳島神社にて「世界聖なる音楽祭・広島2001」を開催。
2003年には、端唄の栄芝師匠との共演作「The 吉原」をリリース。江戸の端唄・小唄とクラブサウンドの斬新なミックスが評価され、第45回日本レコード大賞・企画賞を受賞。
2005年、ヒロシマ・ナガサキ原爆投下60周年を迎え、黒田征太郎・近藤等則・荒木経惟・安藤忠雄らを中心に「ピカドン・プロジェクト」をスタート。
2007年には、「地球を吹く in Japan」第1年目を千葉県・九十九里浜にてスタート。
2008年には、書き下ろし・語り下ろしの著作「いのちは即興だ」を刊行。
2009年には、「地球を吹く in Japan」第2年目を京都・上賀茂神社にてスタート。
こうした活動を追ったドキュメンタリー番組『近藤等則 この魂の、いのちの「音色」が聞こえるか?』もWOWOWにて6月にオンエアされた。
2010年には、ビル・ラズウェルとのバンド"Method of Defiance"、ペーター・ブロッツマンのカルテット"Hairy Bones"への参加、 ショパン生誕200周年企画として、ワルシャワのバンド"Levity"とのレコーディング&ライブ等、海外での活動が続く。
11月には、山本寛斎SUPER SHOW「七人の侍」の音楽監督を務める。